辛い日々が続く
家族の様子もおかしくなったと同時に、家族間の言い争いも急激に増えた。言い争うといっても返す言葉も無くただひたすら「申し訳ない」と謝るのが精いっぱいだった。自宅のローンが最も気になっている感じだった。
自室にこもったり、ベッドに横になっていると長女が生まれた日のことを思い出しつつ、涙をこぼし、挙句、死ぬことが一番家族のためになる...連日そんな感情になっていた。
とある日曜日に心配になって義理の両親が来た。会わせる顔も無い自分は自室にこもっていた。と、そこへ義理の母が入ってきた。そして延々と話し始めた。「これからどうするつもりなの?」「離婚という考え方もあるよ」「子供たちの将来はどうするの?」...何一つ答えを返せなかった。責められているのだけは分かり、涙が止まらなかった。2時間は続いただろうか...義理の両親はそのあと帰った。自分はいてもたってもいられず、走り書きで遺書らしいものを書いて、コンセントの延長コードを取りだした。
そこへ次女が入ってきた。「パパご飯」...ふと我に返った感じがしたが、急に涙があふれてきた。夕方なので処方されている薬を飲んで、静かな食卓へ向かった。会話も無く、静かな夕食だった。
次の週、再び義理の両親がきた。とてつもなく怠く、ベッドで横になっていると寝室に義理の母が入ってきた。ほぼ同時に涙があふれ出してきた。何を言われたのか覚えていないが1時間ほど話をしていった感じだった。自分は目が隠れるくらいに布団をかぶったまま聞いていた。
早く死んでしまいたい...素直にそう思った。その後少し眠ってしまったようだ。昼過ぎに目が覚めて、気持ちが少し楽になっている感じがした。うつ病とは波があるのか...。
数日後、妻と義理の母の二人で病院へ行った。その後、妻の言葉に棘がなくなったように感じたのは気のせいだろうか。それから何週間も心に波のある日が続いた。処方されている薬だけは確実に飲んでいた。この続きはあらためて書くつもりです。書いていると再発でもしたかのような錯覚に陥ってしまうので、間をあけて書きたいと思っています。
