仕事が変わって疲れが目立つ
昇格したのはよいが
今こうして季節を感じて家族の存在を感じていられるのは支えてくれた多くの人のおかげだろう。2005年の夏ごろまでは会社で新製品の開発に没頭していた。顧客からの無理な要求とクレームを除けば至って自然に開発業務はできていたと思う。午前2時3時まで実験していても、さほどストレスも感じず、休むとすれば寝不足か風邪をひいたときくらいである。
そんな2005年の春先に上司から昇格試験の推薦を受けた。いわゆる管理職というやつである。残業代もつかなくなり、仕事の結果に対する責任をフルにかぶる立場、そしてその名の通り部下を管理し、仕事の流れを管理する、通称「職責」という身分である。
昇格試験といっても、本社での面接だけらしい。残業代はつかないが、基本給与が大幅にあがるのだから、収入は減ることは無いと考え、昇格試験は受けることにした。落ちる気もしなかったが15年ぶりに行く東京大手町の本社。面接を受け、言いたいことも言って、そそくさと帰路についた。
無事と解釈してよいか悩むところだが、職責になった。その日から投げ込まれる仕事の種類が大きく変わりだした。クレーム対応の報告書作成とか、新製品の納入仕様書の作成とまとめ、品質管理部門との橋渡し...挙げればきりがない。毎月の給与は職責になる前より手取りは減った。ボーナスは基本給が上がったので増えるのは分かっていたが、毎月の手取りが減るのは生活に若干の影響を与えた。
実験室にこもって仕事をすることもほとんど無くなった。職責になる前は電子回路と格闘するのが楽しいと思って仕事をしてきたから、時間が過ぎるのもあっという間だった。事務所でデスクワークをするのと全く違う。そんな日が延々続き、土日も会社が近いこともあり会議で呼ばれたりすることも増え、疲れを感じることが多くなった。
うつ病の存在は知っていたし、パニック障害みたいな症状になる自分も理解していたから疲れたなという日の次の日は休むこともしていた。しかし職責になって事務仕事が増えると、休んでも自分で仕事を積み上げているだけで、後が辛くなる一方だった。
そんな毎日を過ごして正月を迎え2006年になり、2月頃たまった疲れのせいだと思ったが、朝目が覚めて体が重くて動かない日を迎えた。1時間ほどして起き上ったがだるくてどうしようもない。すでに3年ほど飲んでいるデパスという安定剤も飲んだが全く効かず、その日は休んだ。ごろごろしているだけの1日だった。食欲もほぼゼロである。
翌日も中途半端な時間に目が覚めて吐き気も伴っていて辛くてやはり休んだ。そして次の日も。大きい病院に行くことにして電話予約をして埼玉医大の精神科へ遠路はるばるは大げさだが出向いた。自分で車を運転して病院へ向かった。運転をすると気が晴れて楽しい感じになるのに、全くそういう気にならないし、それどころか信号に気づくのに遅れたり判断力が鈍っていた。運転で疲れてしまった。
今でこそ普通の人が普通に出入りする内科みたいな感じだが、その当時はとても抵抗があった。病棟は専用で、見上げるとはるか上層の階の窓には鉄格子らしきものも見えた。足が止まりそうになったが、待合室を見ると背広を着た人、綺麗な女性もいる。患者さんだろうか。少し気が楽になりロビーに入って受け付けを済ませた。
